滋賀「源平ゆかりの地」ツーリング

日時
2012/03/01
ライダー
巨尺

今日はオイル交換までの距離を稼ぐためソロ&プチツーに行きました。
幸い、地元滋賀には歴史的な遺跡や史跡が多く、テーマに困りません。
今回は「源平ゆかりの地」ツーリングと銘打ち、旧道を走ります。
先ずは竜王町の道の駅「かがみの里」に到着。



源義経が前髪を落とす際に用いた水を汲んだとされる元服池です。
追手をかわす必要から、この地で急遽元服したそうです。
「かがみの里」の国道8号線を挟んで向かい側にあります。


鏡神社(写真奥)と烏帽子掛松(写真左側の切り株)です。
義経がここで元服の際に武運長久を祈願したそうです。
元服池の北東方向にあります。


「かがみの里」から京都方向に少し走った隣町の野洲市大篠原です。
この看板から少し山手に「平家終焉の地」(平宗盛胴塚)があります。
案内板が乱立している割には見落としがちな場所です。



平家終焉の地というと壇ノ浦と思われがちですが、ここがその地です。平家一門の大将・平宗盛とその息子である清宗が斬殺された場所です。
親子の胴体は共にこの地に埋まっているそうです。
ということは、ここはお墓なんですね。         合掌。


ここは「蛙不鳴池」です。
この池に接して宗盛親子の首を洗った「首洗い池」があったそうです。
宗盛親子の斬殺後、蛙が鳴かなくなったので蛙不鳴池なんだそうな。
「首洗い池」は、近年の埋め立てで消滅してしまっています。


ここは栗東市にある道の駅「こんぜの里りっとう」です。
ここのレストランでは「猪肉料理」を提供してくれます。
足湯もあるのですが3月末までは休業です。


こんぜの里を左手に見て、右手の山道を登ると「金勝寺」に着きます。
この寺は天平5年(733年)に聖武天皇の命で創建された古刹です。
源頼朝や義経、足利尊氏などが同寺に帰依したそうです。
古びた本堂を眺めているとなにかしら落ち着いた気分になります。
ちなみに写真正面の仁王門の白い物は「雪」です。


草津市野路町の某所にある「平家終焉の地」(清宗塚)です。
古典「吾妻鏡」によると平清宗はここで義経の家来に斬殺されたそう。
一方、先ほどの「平家終焉の地」は「平家物語」からの出典です。
民家の庭の中であり、お留守だったので敷地外から合掌!


現在、塗装工事中の「瀬田の唐橋」です。
源頼朝、義経軍と木曽義仲軍の合戦場となったところです。
壬申の乱の舞台でもあります
変な幕がついていて全容が良く判りません。
平成24年6月16日にリニューアル(?)予定。


ここはJR石山駅近くの「今井兼平の墓」です。
今井兼平は木曽義仲の乳母子で、義仲の側近中の側近であったそうな。
「粟津合戦」で戦死した義仲の後を追って壮絶な死を遂げたそうです。
(なんでも馬上から刀を咥えて頭から飛び降りたとか・・・)
奥には立派な墓石があります。


木曽の義仲と言えば「義仲寺」(ぎちゅうじ)でしょう。
義仲と共に松尾芭蕉も祀られています。
大津パルコ近くの旧東海道沿いにあります。


大津市園城寺町にある「園城寺」(三井寺)です。
桜のシーズンは観光客があふれます。
ここには義経の従者である武蔵坊弁慶ゆかりの地。
比叡山方の弁慶が三井寺から強奪した「弁慶の引摺り鐘」があります。
過去に何度も入山したことがあるので今回はパス。


JR大津駅前ロータリーにある「山吹地蔵」です。
木曽義仲の正室である山吹御前が祀られています。
粟津の合戦で討ち死にした夫に逢いに行く途中に殺害されたとか。
悲しい物語にガラにもなく感傷に浸るが…
隣の公衆トイレはなんとかならないものかな。


投稿日
2012/03/01
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1434
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